2005年04月08日

鶴の茶屋跡碑

05_03_26_17_06.jpeg

茶屋町という地名に昔の名残をとどめる、明治中期までの大行楽地。大坂三郷の人々の憩いの場所となっていました。豪商松並竹塘が、二羽の鶴を放し飼いにしたのがその名の由来とされています。

                      〜北区のホームページより。

昔は何もないただの野原だった昔の茶屋町周辺。春は菜の花が咲き、秋は萩が咲く花見月見の名所ということで、跡碑にあるようにいくつかの茶屋があったことから「茶屋町」と言われるようになったのだそうな。

菜の花や月は東に日は西に。(与謝蕪村)
大阪出身の蕪村の句です。今の茶屋町にその面影は残念ながらない。
posted by がね〜しゃ at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 梅田周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/2856190

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。