2004年11月30日

全興寺(せんこうじ)

全興寺

「全興寺(せんこうじ)」は、聖徳太子によって建てられたと伝えられ、この薬師堂から平野の街が形成されたことから平野の町発祥の地といわれているお寺なのだそうな。
境内はとても遊び心に満ち溢れた面白い構造になっています。
「ほとけのくに」「仏足石」「地獄堂」・・・。きっと面白い和尚さんなんでしょうね。
境内には「駄菓子屋さん博物館」があり、昔懐かしいおもちゃや電化製品が並んでいます。手打ちのパチンコ台が良い!
お寺自体はそれほど広くないですが、(どちらかというと狭い)あちこち面白い仕掛け?がなされており飽きさせません!

閻魔大王

地獄堂には閻魔大王が睨みをきかせています。ここでは地獄が再現されているのだ。

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2004年11月29日

小林新聞舗

朝日新聞

レトロな石造りの建物が目を惹く「小林新聞舗」。創業明治22年、大坂市内でもっとも古い朝日新聞販売店なのである。実はここは「新聞屋さん博物館」。ここには明治からの新聞や号外が展示されている

開館日:毎月第4日曜 9:00〜17:00
場所: 平野本町4ー12ー3 (全興寺のとなり)

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2004年11月25日

含翠堂(がんすいどう)

含翠堂(がんすいどう)

自治意識の強い平野の人々は、日本最古の民間学問所であった含翠堂(がんすいどう)を創立します。江戸時代から明治の学制発布までの約1世紀半の歴史を持つ。
今ではその碑が残るのみ・・・。



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2004年11月24日

杭全神社境内

杭全神社境内

杭全神社境内です。この日は七五三で、家族連れで賑わっていました。
市内の神社の中ではかなり広いのではないのでしょうか。中には公園もあり子ども達が元気に遊んでいました。

年に一度のだんじり祭りではこのあたり一帯はものすごい人が集まり、活気に満ち溢れます。
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2004年11月22日

杭全神社環濠跡

杭全神社環濠跡

環濠集落の跡。自治都市であった平野地域は、戦国時代には堀をめぐらし外敵から街を守っていた。今では堀の跡はほとんどなく杭全神社(くまたじんじゃ)の境内近辺にわずかに見られるだけである。

堀
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2004年11月18日

杭全神社(くまたじんじゃ)

杭全神社

平野地域において重要な神社、「杭全神社」。「くまたじんじゃ」と読みます。
毎年7月に行われる平野のだんじり祭りは、この神社をめざし町のだんじりが集まってきます。平安初期まで時代がさかのぼれるので、平野が開けたときからある由緒ある神社です。

杭全神社前

↑鳥居前の交差点。祭りのときはスゴイ人になります。警察も出動します。
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2004年11月17日

平野の町並み

平野の町並み

平野の町を歩いていると、所々古い家が軒を並べています。
戦国時代、周囲に堀をめぐらし外敵から街を守りつつ、街の政治も町民自ら行っていました。その意識が代々受け継がれていったことから、大阪市内でもとりわけ仲間意識の強い独特の街が創られているのではないかと思います。

歴史的にもこのあたりは早くから発達していたようです。
古くは坂上田村麻呂の第2子廣野麿が平野地区周辺を領有し、定着したとのこと。
(坂上田村麻呂の時代となると平安時代初期あたり)

街全体がとても落ち着いた雰囲気をもっています。
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2004年11月16日

大念佛寺(だいねんぶつじ)

大念仏寺

融通念仏宗の総本山。
歴史は坂上氏の菩提所修楽寺の別院であったが、
大治ニ年(1127年)開祖聖応大師(良忍上人)
が鳥羽上皇の勅願によって新しく一寺を建立されたもの。
〜看板より

木造の建物では大阪府下最大のものであります。門をくぐってその本殿の大きさに圧倒されると思います。この日は天気もよく、青い空に大念佛寺の本殿が突き抜けていくような・・・そんな感じを受けました。
ちなみに、幽霊画を保管していることでも有名。どこからみても絵の中の幽霊の瞳が、見ている人間をじっと見据えているように描かれている・・・とのこと。期間中にしか見れないそうです。

大念佛寺門

↑立派な門をくぐると、本殿が見えてきます。

壁にある看板

↑電話での法話もあるそうです。
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2004年11月15日

JR平野駅

JR平野駅

大阪市内でも比較的大きな区「平野区」。
南部の喜連(きれ)・瓜破(うりわり)・長吉(ながよし)地域、中央部の平野(ひらの)地域、そして北部の加美(かみ)地域で形成されています。
今回は古い街並みと多数の神社・仏閣が残る平野地域を歩いてみました。

「堺」が戦国時代に自治都市として機能していたことは有名ですが、ここ「平野」も堺に並ぶ自治として発展しました。その名残が町のあちこちに残っています。

平野地図

↑平野駅から南へ降りたところにある公園。そこに平野散歩コースがかかれた地図があります。
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2004年11月14日

アラビヤ珈琲店(難波法善寺)

アラビア珈琲

1951年創業。まさに地元の喫茶店って感じです。人のよさそうなマスターと常連のお客さんとのやりとりがそれを物語っています。
珈琲はコクがあり、ほどよい酸味がとてもここちのよいスッキリとした後味が残ります。苦味はあまり強くないので、とても飲みやすくておいしかったです。
ここの店内の雰囲気も懐かしい〜感じで、とても居心地がよいです。

■大阪市中央区難波1-6-7  営業時間 10:00−22:00

posted by がね〜しゃ at 20:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 大阪珈琲店巡り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月13日

丸福珈琲店(難波千日前)

丸福珈琲店

大阪珈琲店の代表的な店「丸福珈琲店」。
教えられて初めて行ったときは、ほんとにこんな道をいくのか?と悩みました。
というのも、風俗なお店が並んでいる細い道を通って行ったので・・・(^◇^;)

重厚な造りの店内。中に入ると珈琲のとてもよい香りが漂います。
とにかく珈琲が濃い!そして旨い!
独特の苦味が最初の一すすりで口の中一杯に広がりますがそれがすっと抜けると、ほんのりと珈琲独自の甘みがかすかに残るような・・・そんなさっぱりとした感じが後味として残るのです。

関連商品が一部のコンビニでも売っております。
ここの珈琲は目隠しされても、丸福の珈琲だっ!と一度飲んだ人は言えるだけの
個性をもっています。

珈琲だけでなく軽食も一級品です。大阪喫茶の王道を往く。
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2004年11月12日

法善寺横町

法善寺

大阪ミナミの代表的な場所、「法善寺横丁」。

狭い狭い、石畳の路地。通行人はすれ違う時にお互いの肩と肩が触れ合うほど。
そんな狭い路地に小さなお店が立ち並んでいます。
空襲で爆撃を受けたこの辺りは、幸い法善寺とこの水掛不動さんが残り発展して横町になったのだそうです。

道頓堀中座の解体現場でのガス爆発、法善寺横町での火災と立て続けに被害を受け、法善寺横丁のレトロな雰囲気が一度は消えかけましたが、横丁を支えてきた方々の頑張りや横丁を愛する人々の声援と援助により、なんとかこれからも横丁らしさを続けていけるようです。

法善寺2

法善寺の門をくぐると左側に法善寺が見えます。

法善寺3

右側に「水掛け不動さん」。たくさんの人に水をかけられ苔がすごい。


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2004年11月11日

道頓堀の愛すべきキャラクター達

かに

全国的にも有名なかに道楽の「かに」。
阪神優勝時には熱狂的なファンによって目が壊された。

たこ

御堂筋近くのたこ焼き屋「くくる」の「たこ」
道頓堀にはたこ焼き屋は多い。激戦区である。

いか

いか焼き屋「旨訶不思議(うまかふしぎ)」道頓堀店の「いか」。
ちなみに名古屋人であるわたしは「いか焼き」=「いかの姿焼」である。(わたしだけ?)
生地でくるんで食べる「いか焼き」は思考の範疇を超えていた。

ふぐ

新世界が本店の「づぼらや」の「ふぐ」。難波にもいる。

くり

道頓堀から千日前商店街に入ってすぐのところにある「楽天軒本店」の「くり」。
ちなみにここは明治31年創業。由緒ある天津甘栗の専門店。


こんな感じで道頓堀を歩くだけでもキャラクター看板がうじゃうじゃ。
なかなか面白い。




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2004年11月10日

大阪名物くいだおれ

くいだおれ人形

難波道頓堀の顔「くいだおれ太郎」です。
京の着倒れ、大坂の食い倒れ・・・京都の人は着物に贅を尽くすという言葉に由来し、大阪は食べることに贅を尽くそうという意味をこめて、「食いだおれ」。
で、くいだおれ人形は「大阪名物くいだおれ」という日本最初の食堂ビルの看板となっております。

前回の阪神優勝時には、くいだおれ太郎のご近所さん「カーネルサンダース」が阪神ファンとともに道頓堀に飛び込みました。(投げ落とされた)
次は「くいだおれ太郎」の番であろうとひそかに囁かれていたのですが、彼は「わて、泳げまへんねん」というたすきをかけ、大阪の人々に泳げないことを告げていました。
(こういうセンスが好きです!おおさか!)
ワールドカップもこの前の阪神優勝時も彼は道頓堀に飛び込むことはありませんでした。

難波にはキャラクター人形や看板が多いので、探してみると面白い。

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2004年11月09日

はり重(難波道頓堀)

はり重

近代的なビルが建ち並ぶ中、モダンな建物が目を惹きます。
道頓堀「はり重」です。
和牛肉を売っているお店なのですが、その肉を使ってレストランもやっています。
レストラン、お座敷のすきやき、肉の販売と3業種を商っています。
80年近くの歴史をほこり、そのあまりのおいしさに、肉は「はり重の肉しか食わん!」という人もいるとか。

はり重グリル

土日となればやっぱり並びます・・・。
わたしは、1階のレストランでビーフカレーを食べましたが、あまりのうまさにものの数分でカレーを食い尽くしました。もっと味わえばよかった・・・。
売っている和牛肉は、貧民のわたしには買えません(T_T)。
が、お土産用に「肉の佃煮」というものがあり、1000円から買えます。
お土産に買ったのでわたしは食べてませんが、旨いそうです。
ここはイチオシです!
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2004年11月08日

金龍ラーメン(難波)

金龍ラーメン

難波の顔「金龍ラーメン」。龍の彫刻を施した店構えは目に付かないわけがないです。
わたしは残念ながらここで食べたことがないので、お話しすることはできませんが、ラーメン大好きなわたしの友人からの言によると「意外とあっさりとしていて、麺とスープのからみが絶妙。何度も食べたくなる味やで〜」・・・だそうな。

屋台の雰囲気を併せ持っていて、24時間営業。いつも誰かが食べている。
今度食べてみよっと。
posted by がね〜しゃ at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 大阪名物店巡り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月07日

道頓堀(どうとんぼり)

道頓堀

難波の中心地「道頓堀」(どうとんぼり)です。
大阪随一の繁華街。休日・祝日ともなれば、大阪だけでなく他府県からの観光客もやってきてとんでもない人になります。
そばにはとても汚い川道頓堀川が流れています。この道頓堀川は「安井道頓」という人が開削作業を始めてつくられたものだそうで、その名前をとって「道頓堀」と名付けられたわけです。
時代は江戸時代が始まろうとする1615年に完成したのだそう。自然にできた川ではないのです。自然にできた川でないのにもかかわらず、この道頓堀川は一寸法師がお椀の舟に乗って旅だったといわれている場所なのだそうです。

戎橋

道頓堀にかかる橋の一つで、全国的にも「飛び込み」で有名になった
「戎橋」(えびすばし)です。通称「ひっかけばし」。
ナンパのメッカなために、こう呼ばれます。

グリコの看板

↑これ目当てにたくさんの方々が写真をとります。有名なグリコの看板。
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2004年11月06日

万博公園(ソラード)

ソラード

森の空中観察路、ソラードです。名前の由来は「空の道(ロード)」。文字通り木々の高さに道があるので、まるで空中を歩いているかのようです。
自然と親しむのが趣旨であるため、道の途中で森の様子を詳しく解説してくれたり、実感させてくれたりします。

森の集音機

そのひとつが森の集音機。川のせせらぎや風が吹くと聞こえる葉っぱの音。鳥の鳴き声などさまざまな音が集められそれを聞いてみるという装置。
単純な構造ですが、すわって目をつぶってみると非常に心地がよいんですよ。
ソラードは自然を学びながら体験できる、大阪という都会の中でとても貴重な場所です。


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2004年11月04日

万博公園(竹林)

万博公園(竹林)

万博にはさまざまな木々があります。今の季節はちょうどどんぐりが落ちている時期だったので、子ども達はどんぐりひろいに精をだしていました。
自然を楽しむ会の方々もいて、大人も子どもも自然とふれあい楽しんでいました。

公園に入って西へ西へと進むと竹林やお茶畑などが見えてきます。
広場もあり、キャッチボールやサッカーなどの運動やごろりと昼寝もできます。
日頃のストレスを思いっきり解消できる貴重な場所です。

もみの池

↑池には鯉もいます。

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2004年11月03日

万博公園(太陽の塔)

太陽の塔

1970年に開かれた過去最大の国際博覧会「大阪万国博」の跡地に造られた巨大公園「万博公園」。
広さは、なんと甲子園球場の約65個分!
その中には、日本庭園や自然文化園、各種文化施設、スポーツ施設(ガンバ大阪の本拠地あり)、さらにさらに日本最大の巨大博物館である「国立民族学博物館」もあります。

その巨大公園を隅から隅まで見守ってくれているのが「太陽の塔」。
すみきった青空に両手?を広げ、過ぎ行く時代を見据えています。


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posted by がね〜しゃ at 14:44| Comment(0) | TrackBack(2) | 北摂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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